スーパーまかせて発券パラダイスギャラクシー

 

 昼食のときに同僚とエスカレーターの話をした。それは人生のたとえだ。揶揄のように使われることもあるが、エスカレーターに乗っているように見えても実は険しい傾斜を歩いて登っていたのかもしれない。私はエスカレーター的な人生だっただろうか。それとも雪の積もった道を自分ひとりでずんずんと踏み拓いてきただろうか。踏み拓くという日本語はあるのだろうか。もしいま私がぐうぜんに発明したのなら、儲けたと思える。雪が降り積もった道で他のひとも歩けるようにするには、ただ前に進むだけではいけない、それは素人であり、垂直に長靴を叩きつけながら道を作らなければいけない。踏み拓くとはそのように他人の存在をふくんでいる言葉だ。拓く、というhorizontalな言葉に、踏む、というverticalな動きが内在している。私はあのおじさんが喫煙所の小屋の前で雪を踏みつけながら道を拓いていた先週の豪雪の翌朝を忘れることはできない。

 ところで山形の年末年始はまったく雪がなくてこれはとてもめずらしいことだった。元日、私の地元は海から離れているからぐらっとした揺れを被る程度だった。初詣から歩いて帰っている途中で私は商店街の開けた道路にいたが、街路の警報とスマホの警報で静かな街が一気に音に満ちてたいへん驚かされた。海沿いには鶴岡や酒田といった市があるが、ここの方々は二日の昼前まで避難になったようだ。 

 さて四日に金沢に戻った。金沢駅自宅近辺において崩れたり壊れたりしている風景はバスの車窓から見るかぎりない。自宅にはモノがほとんどありませんから、東京の前の家から引き上げて書斎に積んでいた本やCDの柱が崩れたり、棚のものが落ちていたりという程度だった。炊飯器やIHクッキングヒーターなどが所定の位置より大きく動いていて、それに揺れの大きさを感じた。ちなみに余震は四、五日にはなく六日に二度。

 五日は職場に行った。自宅〜大学の山道は、片道通行の箇所が増えているように思えたが、いまふりかえってみるとそれは地震の影響かはわからない。部屋の中はパソコンのディスプレイがひっくり返ったり棚の本がぱらぱらと落ちていた程度で済んでいた。しかしその後数週間過ごしてみると、棚の隙間や立ててある本の裏側に何冊かなだれこんでいて、探している本がちょうどそのように地震の揺れでどこかに消えて、探すのに苦労したりした。
 デスクには恩師からいただいた『白鯨』のエイハブの木彫り人形を置いているのだが、これが床に伏せっていたので(白鯨とのたたかい以外で難破してはいけないよ。。。)とか思いながらまた棚にもどしたり。
 同僚が煙草を吸いながら、仕事がなければボランティアに行くのにと言っていて、たしかになと思った。しかし私は車を持っていないからどうも心理的なハードルが高い。3.11のときは大学一年生の春休みでなにもせずなにもわからずぼんやりと友人とスカイプをしていたことを思い出す。友人からプレステ2を借りていてファイナルファンタジー10をクリアしたあとはドラゴンクエスト8をやっていたはずだ。新学期がゴールデンウイークのあとからの開始になって、休みになった4月に何をやっていたかほとんど覚えていない。震災の少し前からアルバイトをばっくれていたので、新しいバイト先を探さなければと行動していたかしら。私は大学二年生で変わった。でもかなり危うい青年だったと思う。
 そういう「危うい」とはちょっと種類が違うでしょうけども、10年以上経ったいまでもすっとこどっこいであんぽんたんなことはときおりしでかす。石川に住んでみると「東京」が外国になってしまったなと思うようなことが多々ある。そんな感覚は、石川がいろんな区分けにおいて西日本とみなされているからで、この前ちょっと焦ったこともそういう点に端緒がある。
 この前名古屋に出かける機会があって、私は「えきねっと」でいつもSuicaに切符を紐づけて購入する。まあさすがにSuicaJR東日本ICカードということは分かるけれど、そういや「えきねっと」がJR東日本のサービスであることはこれまで考えたことなかった。去年の4月までずっと東日本に住んでいたからなあ。自分がいるところや自分の使うサービスが何日本なのか、みたいなことをほとんど意識したことなかった。いまグーグルで検索してみると、おもいきり「えきねっとJR東日本)」と書いてあるわ。まあこの数行だけで私がどんなポカをしたのか想像できると思いますがまあ最後まで読んでくださいよ。私は出かける前日に座席を予約し、ICカードに紐づけられないので紙の切符を券売機で出すべし、という指示を読んでフーンと思った。
 朝が来て、起きる時間やらバスに乗る時間やら完璧だな~ふふふん、と私は揚々と金沢駅に行ったのだけれど、QRコードでも受付番号直打ちでもクレジットカードぶっ込みでも予約した切符を発券することができなかった。20分ほど余裕をもってホームに入場し、コンビニのコーヒーとパンでもいただこうかしらん、と思っていたのだけれど、焦って券売機を移ってみたり駅員さんに話を訊いてみたりするうちにそのくらいの時間なんか飛ぶようにすぎてしまうんだなあとわかった。まあけっきょく私、なんで発券できなかったのかよくわかっていない。(いまちょっと調べています。) 執筆再開。名古屋はJR東海であり、東海の区間を含んだ切符は西日本、北陸のエリアで受け取れないみたい。私が日本のなかを移動するといったら、だいたいが東京と山形の二点間だけだったので、そもそもそういうことがあるんだねえという感。つまり金沢から名古屋エリアに行くためには違う鉄道会社のウェブ予約をしなければいけなかったってことか。そうか。私は「えきねっと」でしか新幹線の予約はできない、くらいの考え方だったので、まったくそんな発想には至れなかった。また、私は学生のころはほとんど「みどりの窓口」や券売機で新幹線の券を買っていたし、「えきねっと」をよく使うようになったのはわりと30代になってからなのである。
 でもえきねっとでは西日本~西日本の切符は買えるのだろうか。そして発券できるのだろうか。そしたらえきねっとはとても万能ではないか。しかしだとしたらJR東海が特別だということになる。私はこの前人生ではじめて名古屋に行ったくらいだからよくわからんな。
 そもそもじゃあ、なんで「えきねっと」で金沢から名古屋までの切符を買えるんだ!注意書きもなく!!金沢駅でそれを発券できないのに、と私は列車の時間を一時間ずらし、駅に入っているマクドナルドでまずいコーヒーとパンを食べながら(ほんとうに不味く感じた)考えた。すると西日本で「えきねっと」を使っている自分のほうが悪いのだと理解できた。「えきねっと」はJR東日本のサービスだから東日本で発券することを前提としているわけだな。たとえば東京から金沢に旅行に行って、そのあと名古屋の親戚の家に行くとか。そしたら東京駅ですべての券を発券できるわけだな。じゃあ、「金沢~名古屋間は金沢で発券しよっと!」って考えてしまったら詰むよね、とかまずいコーヒーを捨てながら考えた。ちなみに名古屋駅では名古屋~金沢の切符は発券できる(金沢駅で駅員さんが確認してくれたし、じっさい発券できた)、これもよくわからないが、めんどくさいのでもう考えることをやめたい。まあようするに、国内のいろんなところへ行くにしても私は東京からしか発ったことがなかった、というのを思い知らされたっていう話です。
 朝の私はめちゃくちゃあわてていて、最初に「発券できないんですけど......」と訊いた駅員さんは、「ああえきねっと.......、もういちど買い直してもらわないと......」くらいしか応対してくれなくて、しかし自分がオンラインで買った時刻と経路と金額の便を自動券売機でうまく検索できず、だめだだめだっ!お金がもったいないしちゃんと払い戻しできるかわかんないし(なんか自分が悪いとだんだんと感じ始めたのだ)、やっぱりオレは昨日決済した券を発券してやる!という思考に陥る。このときはあまり要領を得ていない&時間にまだ少しだけ余裕がある&でもあたまがこんらんしているので、(券売機を替えればオレの券は出てくるんだ!!)という往生際の悪い考えをしていた。壁に埋め込まれた券売機のほかに「えきねっと専用」という端末が二台立っていて、(きっとこれなら発券してくれるんだ!!!)と私は飛びついた、だってこんなに並んでいるのだからやっぱりえきねっとで予約した券はこの機械なら出してくれるんだ、と、あまりにもアレな思考に陥っており、列に並んでいると時間をどんどん消費してしまうのに、私は前の人が、前の前の人が、前の前の前の人が、機械からもちゃもちゃもちゃと発券するのを手汗握りながら待っていた。駅員さんが、「左手の自動券売機でも発券できますよー!」と整列をうながすのだが、(でもオレの場合は特殊なケースみたいでこの機械でしか発券できないんですよ!そういうことってありますよね泣、だから「えきねっと」専用の端末がわざわざ立てられているんですよね)と根拠のないことや自分だけの論理を心の中で叫んでいた。「えきねっと」の端末は、とうぜんながら、自動券売機の「えきねっと」のボタンを押したときの画面とおんなじであり、とうぜんながらQRコードでも受付番号直打ちでもクレジットカードぶっ込みでも予約した切符を発券することができなかった。
 「んごっ!!発券できないんですけど~!!」とえきねっと端末の近くで整列をうながしていた駅員さんに泣きつくと、もうあと1分くらいで発車してしまう私のオンラインチケットを見て、「んおっ!!!嗚呼えきねっと!!!もういちど買い直してもらわないと」と、反応よく、さっきの駅員さんよりももう少しくわしく説明してくれた。何かのエラーや手違いとかではなくて、昔から今まで、そもそも発券できないようになっているのだと、ようするに列車会社やその予約サイトの区分の問題なのだと。私は昨日予約した列車に乗ることはもうあきらめて、その駅員さんに小学生のように(けっきょく)自動券売機のところまで連れられ、駅員さんに最適な列車を検索してもらった。至れり尽くせりだ(ちがうか)。駅員さんが離れていってから私は検索画面で少しだけ吟味し、さて購入というところで財布をのぞいてみるとカードがない。えきねっと端末にぶっこんだあとに焦ってそのままにしちゃったんだ! 端末のほうへ翻ってみると端末の列は順調に消化されていく。せっかく駅員さんが出してくれた検索結果を最初の画面に戻し、私はまたえきねっと端末のほうにダッシュして、心臓がばくばくするも、でも、こんな早朝に金沢という文化的で閑静でお魚が美味しくて良いひとばかりの街からえきねっとの端末をつかって新幹線に乗ろうとしているひとのなかに私のカードを盗んで不正利用しようとするようなひとはいないんだというまことに性善説なことを想いながら数十秒前にお礼を言ったばかりの駅員さんのもとへ近づいた。
 でも駅員さんと少し距離を取ってもう一度財布をまさぐってみたら、カードはあったのだ。焦っていてふだんそこにないはずの場所にはさまっていたのだった。もういちど駅員さんに泣きつくはめにならなくてよかった。
 
 あ~あ払い戻しできるのか、できないだろうな、勉強代8000円か、と思いながら私はカードで決済しようとした、そしたら「このカードでは取引できません」という表記が出て、あわをふいてひっくり返りそうになった、スーパーマリオワールドのノコノコばりにひっくり返りそうになったけど、こっちはすぐに理由が思い当たったので、駅構内のATMに向かってマリオカートの亀甲羅なみにしゅこんしゅこんと飛んでいき、私は一時間後の切符を無事に買えたのでありました。
 
 マクドナルドでまずいコーヒーを飲みながら、えきねっとの払い戻しのページを眺めてみると、なんか複雑だなあ、ていうかたぶん自分の場合は無理そうだな、と胃がむかむかする。でもよく考えてみたら、私が買ったのは自由席だったから、難なく払い戻せたのでありました。だから、勉強代は払い戻し手数料の500円だけだった。このマジでしょうもない駄文をふくんだ日記本は500円で売れるかな。
 
 そんな感じでさいきんは災害なり出張なりで自分が金沢に住んでいる、いまの自分は北陸の人間なんだということを意識させられることが多い。金沢を舞台にした映画や小説を見かけると、引っ越してきたときよりもずっと(おっ、いいね)と思うようになった。仕事ももうすぐ初年度が終わりに近づいて、自分もここになじんできたことを感じる。いつまで居るかわからないけどせっかく住んでいるのだから文章のこやしにしないとね、でもえきねっとの端末はきっと各地のステーションにあるよな。
 一月ももうおしまい。東西でエスカレーターの寄る側の左右がことなるとよく言われるが、地図で見れば西にも東にもまたがっているようなこの街、いわゆる「都市」とはべつの雰囲気をただよわせているこの街のエスカレーターは、みなのんびり思い思いの側に寄っている、それは好きなところだと思う。他人をそばに連れていてもその彼が、彼女がとなりや斜め下にいてもいい。エスカレーターというverticalな機械にも、horizontalなこころがある。いっしょにエスカレーターに乗りましょう。乗ろうね。